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2015年8月14日 (金)

末っ子、中一の夏を迎える。

 

『中一の夏休みには、お父さんと一緒に自転車で二人旅をする。』

私が創って子供達に強いた

我が家のローカルルールです。

 

その一回目、長女との旅に出る前、

私は、こんなふうに日記に綴っています・・・

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何年も前から、

事ある毎に、機会を見つけては子供達に言って聞かせてきた事がある。

『中一の夏休みには、お父さんと一緒に自転車で二人旅をする。』

私が勝手に創った、幾つか在る我が家の決まり事の内の一つだ。

 

先輩方と話をしていると、

家庭サービスが面倒だなんて言っていられるのは、どうせ僅かな期間で、

子供が親の相手をして一緒に遊んでくれるのは

せいぜい小学卒業までくらい。

 

だからと言って、

子供が手を離れて自分が楽になってゆくことを

単純に成長と喜んでそのままに過ごせば

父親は特に、親子の距離なんてあっという間に開いてしまう。

自分の事を思い返してみても、

中学に入ると第二次成長による体の変化と共に、一気に思春期へ突入して

幼い頃には無かった様々な悩みを抱えたり、

親からの干渉を極端に嫌って反抗期の様になったり、

また、受験や就職へと近付いてゆくこともあり、ここからの数年は、

本人にとっても、親にとっても、

本当に難しく、大切な時間だと思う。

 

そんな 『 親子の難しさ 』 を少しでも解消して、

思春期・反抗期を過ぎても残り続ける

共有の思いと絆の様なものが残せれば・・・

そんな願いで、私が勝手に創って子供に課したノルマが、

『中一の夏休みには、お父さんと一緒に自転車で二人旅をする。』

 

娘も既に女性の体への変化が進んでおり、

一緒にお風呂へ入らなくなって久しい。

家族を海や山の遊びへ誘っても

男子と女子では足並みが揃わないことが多くなり、

娘と私の時間は明らかに減ってきている。

それでも、

これまで言い続けてきた甲斐あって、

今回の旅に関して娘からの拒否は無かった。

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長女 長男と無事やり終え、

今年はとうとう終に三人目。末っ子がその番になりました。

 

この夏の私は、

とにかく仕事が忙しいのと、町内の役員が重なっていて

一泊二日の休みを確保できる週末が全然無い。

天気予報とにらめっこしながら、かろうじで、

どうにかこうにか、お盆休み後半をそれに使える事になって

『んな事より父ちゃんが大丈夫か?』と嫁に心配されながらも

お盆連休ど真ん中にどうにか宿の予約を押え、

出発と相成った。

 

いつものように、

私の自転車にはキャリア+パニアバックを装着し、

ペダルはビンディングからフラットに付け替えて、

2台ともチェーンに注油し、ディレイーラーとブレーキの調整。

前夜、睡眠時間を削ってのやっつけ仕事で、

入念な装備確認。

健康保険証の事をすっかり忘れていたのだが

お嫁ちゃんが思い出してくれるファインプレー。

子供の分の保険証と受給者証を荷物にパッキング。  

実家から帰った、その晩の話です。

 

夕飯は外食。

壮行会。

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普段なら注文しない、ニンニクのホイル揚げなんかもバクバク食って

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鋭気を養い、蓄える。

 

 

父は勿論。

母もきっと、

物凄く緊張して、

心配しています。

 

 

 

 

彼の身体には、幼き日の闘いの跡が刻まれていて

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様々なハンデキャップを負っています。

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母親は、

『 無理 』 だと言いました。

父親は、

『 結果はリタイヤになろうが、なんだろうが、

        とりあえずやらせてみればいい。』 と思いました。

やれば、何かがあって、何かが残る。

やらなきゃ、

何んにも無い。

 

父は、『 やる 』 方の生き方が好きです。

心配して躊躇してたって、何も始まらない。

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四股の力は弱く、十分ではない。

左手の機能は特に不足していて、ブレーキ操作は難しい。

右側フロントの引き代は慎重に調整して、

小さな彼の手でもちゃんとブレーキを掛けられる様にした。

それでも、当然充分ではないので、

スピードが出てしまえばかなりの危険が伴う。

お金を掛けて車体を新調して、

脚でブレーキが掛けられる機構の

コースターブレーキという選択種もあるのだが、

おねいちゃん、おにいちゃんも使って旅した、同じこの車体。

兄弟三人がこの1台で、との拘りが捨てられなかった。

今まで、家族ポタを楽しんだり、色々やってきた経験から

『 下り坂は自転車を降りて歩く 』 スタイルになっていて、

今回も、それでいいんじゃないかと思う。

 

色んなことが、

とにかく人とは成長のスピードが違う。

ゆっくり進む。

それが彼の人生だ。

これからも、

きっとそう。

この旅も、それでいい。

 

 

もう、このまま彼は寝たきりになるのではないか?

もう、長く生きられないんじゃないだろうか?

様々な場面で、

色々な事を覚悟し、一つ一つ諦めるような、

そんな日々が、年月が過ぎ、

あの頃、

父親は、

この子と一緒にこんな事が出来る様になるなんて、

夢にも思いませんでした。

 

 

病院で、身の置き場が無い程辛い子供は、起きている間中泣いてぐずるので

点滴繋いだままの子をベビーカーに乗せて、

ひたすら、

限られた病棟内を行ったり来たり・・・

ひたすら。

夕方、ようやく子供が束の間の眠りに落ちると

西陽の中で、妻が泣きます。

「別に、何にも特別な事は望まないのに、

  ただ、普通に生きられればいいだけなのに。」

あの光景は、一生忘れることが無いです。

あれが、今の我が家の再出発の原点。

黙って、

自分も泣きそうになるのを堪えて、一緒に相槌を打つしかできませんでした。

自分だけは、何があっても、泣いている場合ではありませんでした。

身内はもちろん、職場にも迷惑を掛けまくり、

病院や役場や、様々な方面で今受けられる援助や支援制度を調べ、申請し、

数限りなく頭を下げ続けて、

周囲の方々への感謝にたえない日々でした。

 

人は、

本当に、

一人では生きてゆけません。

ありとあらゆる、周囲の方々との繋がりの中で生かされている。

それを、嫌と言うほど思い知らされ、感謝させられる日々でした。

 

家から遠く離れた地の病院で手術を受け闘病することになり、

付き添って離れる事となった身も、

残って生活を支えた身も、

どちらも辛い辛い月日でした。

ようやく退院して帰宅が果たせた日、

抱きしめた妻の身体が余りにもガリガリに痩せていて、言葉が出ませんでした。

 

妻は『妻』ではなく、『戦友』であった様な、

そんな時代が、我が家にはありました。

  

 

月日が流れ、

諦めるばかりの日々から

少しずつですが、希望や喜びも感じられる様になりました。

 

本当は、父も、何年か前までは

本当にやれるかは半信半疑だった。

 

今、

こんな機会を得られるまでになって

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本当に、

夢のようです。

 

ありがたいです。

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