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2017年12月 9日 (土)

の、為に生きる。

 

長男がまだ1歳の時、

医師から

「今、今夜が山かも知れません。

 手は尽くしていますが、ダメかもしれません

 そうなったらごめんなさい。」

そんなニュアンスの事を言われた経験が在る。

 

『今夜が山です』 なんて、

そんなドラマかなんかみたいな事、セリフ、

本当にあるんだ。 言うんだ。

と、

笑いそうになる位の事だったのを憶えている。

 

自分の内臓を切り分けてでも救いたい人がいるのに

何も出来ない。

思わず天井を仰ぐ。

そんな経験である。

 

きっとあの時、

あの医師も、相当苦しんでいたと思う。

 

どうしたら良いのか分らない、

自分に出来る事は無いのかと

どれだけ悩み苦しんでも答えが無い状況ほど、

苦しい辛いものはない。

 

自分に、

出来る事がある。

それは幸運な事だ。

 

それをやれば、

その状況が好転すると分っているのならば、

苦しい状況から抜け出せると分っているのならば、

そうすれば救われる人がいると分かっているのならば、

たとえ、

その可能性が低くても、

自分に出来る事があるのならば、

そうすれば良いだけの事である。

 

 

我が家には一時、

国の難病指定を受けた子供が二人もいた。

 

次男の時も1歳だった。

救急搬送されて、

ナースステーションのパソコンに映された写真を示しながら

先生が淡々と、

敢えて感情を押し殺すように事実だけを告げる光景が

今でも鮮明に蘇る。

 

まるでフィクションのように、

全く実感が湧かないほどの非現実的な大きな出来事で、

何も考えられず、

完全に自分の人生が止まってしまったのを憶えている。

 

それでも、

その状況を乗り越えられたのは、

あの、

長男の時、

自分に出来る事があることは幸運なんだと

分った、

知ったからだ。

 

手を尽くし調べ、

同じ病を持つ人のつてに辿り着き、

アドバイスを戴くことが出来た。

自分に何が出来るのか、

何をしなければならないのかを教えてくださる先輩に出遭う事が出来て

我が子は最良と思える治療を受ける事が出来た。

 

あの時、

親身になって相談に乗ってくれた人の顔を私は知らないが、

電話の向こうの話口、

無償の行動を厭わない雰囲気は、忘れない。

 

その方が紹介してくれた

ベテランの医師、先生も素晴らしい方だった。

私達家族の事を思い遣り、

「 この先、色々と辛いことがあるのは避けられないけど、

 時間薬が救ってくれるから、

 きっと、命があって、生きていて良かったと思えるから、

  ね。

   時間薬は万能だから、大丈夫。

    悲観して、絶望しちゃだめだよ。

     大丈夫。」

と、掛けてくださった言葉は、私の支えになっている。

 

どんなに辛いことがあっても、

『 時間薬は万能 』 100%信じて良い。

 

どんなに辛いことがあっても。

そんなもん、だからなんじゃい。

先の、未来の事を考えろよ。

 

 

 

我が子達には、

人の為に生きることが出来る、

自分以外の為に何かをすることをいとわない人間になって欲しい。

ウチの家族は、

そんな人達に助けられて今があるんだよ。

 

我が家が苦しい時、

両家の実家に支えられ、

職場からも大きな配慮を貰い、

周囲の、様々な人達の好意に甘えまくって、

迷惑掛けまくって

乗り切る事ができたんだ。

 

人は、

自分だけでは絶対に生きてゆけません。

 

仕事が忙しいくらい何だ。

自分の時間が無いくらい何だよ。

 

不平不満言う前に、

自分にやれることがあるなら

やれよ。

 

それは、幸せな事なんだ。

 

大それたことじゃなくていい。

ゴミを一つ拾うことだっていいし、

愛しい人にハグしたりチューしたりだっていい。

挨拶一つ、声掛け一つでもいい。

 

人の為にやれる事があるんなら。

 

お前は恵まれている。

 

 

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