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2019年6月30日 (日)

少し離れて、斜めから見なさい。

Dsc_2913 

この週末は土曜が仕事で、日曜のみの自由時間。

お嫁ちゃんの運転でいつもの温泉へ行き

酔っぱらってマッサージ機に揺られていました。

 

最近、週末のたんびに天気が悪いので

アクティブな方向性の行動が無く、

物思いに耽る時間が長い。

 

 

私は、

芸術や絵画が好きだ。

幼い頃から

自分で描く事も大好きだったし、

工作などの創作行為も得意で夢中になった。

 

未だ小学校に上がる前からだったと思うが、

裏が白紙の広告や手近な紙を切ってホチキスで綴じたものに

自分で絵と文字をかいて、絵本を作っていた。

 

随分後年まで母親がそれを保管しておいてくれて、

青年期になった私に、

引出しの奥に仕舞ってあったそれを出してきて

見せてくれた。

色々な事、感情が蘇ったことを、

とてもよく憶えている。

  

昔、

母親はずっと

繊維関係の内職をしていて、

自宅の一番奥の部屋に

ミシン2台と

アイロン掛けや裁断を行う台が置かれた作業場が在った。

 

私の勉強机もそこに置かれていた時代があり、

幼少期の母との時間、会話、想い出の内少なからずが

その部屋の光景と共にあります。

 

大きくなった私に

幼児の私が作った絵本を見せてくれたのも、

そのミシンの部屋でした。

 

 

 

回想に浸って余談が長くなりましたが・・・

私が本当に書きたかったのは、

小学校の時の先生の話です。

 

担任ではなかったのですが、

5年生か6年生の時

確か週に一度あったクラブ活動で在籍していた

美術部の顧問だった方。

 

化石や地層にも興味があるなど

趣味趣向の共通点が多かったので、

クラブ活動外でも

廊下や階段の踊り場で私を呼び止めては

よく話し掛けてくださいました。

 

個人的に収集されていたであろう

メタセコイヤや、四射サンゴの化石を学校に持って来ては

見せてくださり、一緒に触れながら会話を弾ませた事が

今でも鮮明に思い出されます。

 

 

絵を描く時に

一枚の画角の中に

陽が当って一番明るい場所や

逆に最も暗い真っ暗な場所をちゃんと見つけて意識して

描き分けてコントラストを付けると、

鉛筆1本でも

物凄く立体感や奥行きのある表現が出来る事など、

その先生からは

実に色々な視点や基本を教えて貰った。

  

ある日、

学校から離れて写生に出掛けた先が

とある神社だったのだが、

そこで

皆が何処に陣取って描き始めるか・・・ と解散した段階で、

先生が何気に私の側に立ち、

少し深い話をしてくれたのです。

 

それは

今思い起こせば、

小学校高学年の少年に向かってする話としては

随分と哲学的な内容でした。

 

 

ほら見てごらん。

神社へ写生に来たから、みんな建物や鳥居の前へ進んで座ろうとするだろう。

でもねぇ、

正面からそのものに向き合うと、

それに近付き過ぎてしまうと、

その、ほんの一部しか見えなくなってしまうんだよ。

ものの本当の姿を知りたかったら、

少し離れて、斜めから見なさい。

 

 

これは確かに、絵画に対する重要なアドバイスではある。

正面に居ては一点透視図法しか採れないが、

居場所をずらせば

二点透視図法や三点透視図法が可能となり

遠近法の手法、表現の可能性がより広がる。

 

ですが、

この時の先生の話は

そういった指導と共に、

『これから生きてゆく人生というものは、

 往々にして、そうゆうもんなんだよ。』  ・・・といった

大人からの助言を含んだ会話が続いたように思います。

 

 

 

仕事の場で、

能力を大きく左右する要因の一つに

『 視野の広さ・狭さ 』 がある。

自分のこだわる点についてばかりを考えていて

周囲との兼ね合いに気を配れない人は

当然、結果を出し難い。 

『 そもそも何の為にそれをしているのか?』の全体像を忘れてしまい、

ピント外れな行動をとったり

優先順位の低い事にいつまでも手を掛けていたりして、

中々、目指すべき目的地へ向かない。

また、そういった

いわゆる『どんくさい』タイプだけではなく

熱くなり過ぎる性格の方も、

ついつい事象の正面に立ち過ぎたり

自分自身が問題の中心になってしまって、

全体像を見失うことが多い。

 

『 少し離れて、斜めから見る 』

先生はつまり

『斜に構えて・・・』という意味で言ったのではなく

物事を正しく認識する為、自分を正常に保つ為、

俯瞰で物事を見られる距離感覚というか、視野の広さ、

そういったものを伝えたかったのだと思います。

 

少し離れて、斜めから・・・

 

それは、

自分自身の為だけではなく

自分が身を置く組織なり集団、家族や仲間に寄与する行動と結果に結び付けるための

大切な教訓だと、

大人になった今

あの先生との会話を想い出しています。。。

 

 

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