立秋~白露~の候 過ぐる を、更に過ぐる候。
俳句の世界では、
『 秋さる 』 は秋が去るのではなく
秋が来る、秋になるという意味なのだそう。
『 ~さる 』 は古文の授業でも聞いたように記憶しているが、
おそらく私は一度も実用した事がありません。
さて、
私の人生も
そろそろ秋ざれてきたと実感している今日この頃です。。。
書き始めた日記を
夜をおして書き上げる体力も無く、
ちゃんと最後まで書く時間が満足に持てない日々を
幾夜も積み重ねる日常となっております。
私の働く業界では毎年
お盆明けから忙しくなり始めて~年度末へ向けて超多忙~
が恒なのですが、
今年は特に
コロナの所為で延び延びになっていた案件が幾つも一気に走り出し、、、
が重なって、
仕事がトンデモナイ事になっている。
心身共に辛い日々ですが、、、
リーマンショック後の
本当に苦しい不安な状況を未だ忘れていないので、
『仕事が無い』 辛さに比べたら
『忙し過ぎる』 ってのは、
本当に幸せな事なのだと
在り難く思い、自分に言い聞かせています。
自分の周囲の人々を護るすべを
与えられているのですから。
世の中には、
趣味や自分の時間もろくに持たないような仕事人間を揶揄するような、
歯車の様なサラリーマンを良しとせず人生の負け組と小馬鹿にするような
そんな人が少なからずいます。
私も、
そんな言葉や態度を向けられたことがある。
しかし、
自分の事を後回しにしてでも
只々働かねばならない状況に在る人が沢山いて、
働いてくれていて、
それで、世の中の様々な事が動いて、成り立っているのです。
仕事ばかりではない、
日々の生活は何でもそう。 主婦も、介護も、、、他にもきっと色々ある。
真正面から歯車や汚れ役をやったことの無いものが、やる強さの無いものが、
一所懸命に頑張る人を
馬鹿にするものではありません。
遅くまで残業に付き合ってくれていた後輩に
仕事上のアドバイスや、大切な心構えや、
彼に 『 こうなって欲しい 』 という話をしていた。
彼にとっては只説教に聞こえていたのかもしれない。
子育ての様なもので、
まだ若い彼を潰してしまわないように、へし折ってしまわないように、
それでも尚甘やかさず、強く太く育てるにはどうしたら・・・ と、
いつも思い悩んでいる。
不器用な人間だが、彼は本当に成長した。
入社した頃の、狭い視野と自分の頭の中で生きていた若者が
辛抱を覚え、
ふて腐れず耐えて頑張れる力を身に付けた要因は
間違い無く、
結婚して自分が護るべき家族を持ったからです。
それでもしかし、
いつも詰が甘い欠点が在って、
直ぐ目の前に在るもうあと一歩二歩が出せずに、
あとちょっとの事に気づけずに、
残念な評価に終わることが多い。
勿体無いよ。
せっかく素養が備わっていても、
性格上のちょっとした事や人間性の問題で自分の成長を止めてしまっている人が
この世の中の大多数を占めている。
その、あとちょっとの自分自身の問題に勝つか負けるかで
人生は大きく変わるのだと思います。
彼の気持ちとしては
「ライフ ワーク バランスがとれていればそれで(が)いいです。」
という感じのようだ。
仕事が込むと、かなり辛い顔をする。
第一子が未だ未就学で子育て真っ最中の彼、
奥様にとってもきっとそう。 家族の時間が第一であることは、
わが身もそこを通って来たのだからとてもよく分かります。
しかしながら、
仕事・職場が在ってこそ今の生活が在って
自分と家族を護れるのだというのは、
紛れも無い事実。
仕事というのは、自分以外の多くの人々と関わって繋がっているので、
自分中心になんて絶対に回ってくれない。
自分と家族の状況に周囲が合わせてくれるのには、
かなり低い限界があります。
我が家の場合
子供の病気で苦労したので尚更でした。
そして、
いわゆる子育て期が終わっても人生はまだまだ続き、
仕事も、当然続いてゆくもの。
人生は、『 今 』 目先の良さだけではなく
『 将来 』 の自分も想像しながら生きなければならない。
望む未来の為には、
それを手繰り寄せるには、
我慢と頑張りも相当必要だ。
残業が遅くなった二日目の晩、
「なぁ、、、
俺は15~20年後には確実に引退して居ないんやぞ。
15年後お前は何歳になってるんや?」
「その時までにお前はどうなっていたい?」
「その先お前はどうするんや?」
と、
問い掛けた。
いつまでも甘えられて護っていてもらえると思われては困る。
自分のその先を、実力で守る位の覚悟を持て。
そう、投げ掛けた。
彼の眼が
久々に私をしっかりと見ていました。
何かを思って、受け取ってくれたかなぁ。
私はいつでも、
正しい向上心を持ち続ける自分でいたい。
この歳になっても
今よりもっと、経験も能力も欲しいし、
自分が
こうありたい、こんな男がカッコいい
と思う姿、自分なりの美学を忘れない年寄りになりたい。
自分さえ良ければいいような小賢しいテクニックや
駆け引きではなく、
出来るだけ正攻法で堂々と。
正しく頑張る人間が好きだ。
私の仕事は現場系技術職なので、
第一線で頭を張れるくらいの存在を示すには
知識は勿論、
様々な失敗やケーススタディを積み重ねた経験故の
引き出しの多さと安定感を身に付けなければならない。
上級の資格を持っていたって、それだけじゃダメ。
「○○さんなら大丈夫。」
そう周囲から認められ頼られる存在になるには、
真面目にやっても
10~15年、20年位当たり前に必要なんです。
しかも、その上更に新しい事も吸収しなければならない。
今の私は、
老いによる気力体力の衰えに負けそうになる自分と向き合って
戦う日々です。
コロナ禍の状況下でも
『要』・『急』を求められる現場はあって、
県外への出張もあります。
万が一の場合の周囲への影響を考えると本当は行きたくないが、
おそらく職場で私が一番頑丈な体質で免疫力も高そう。
此処二十年で医者にかかったのは、
15年以上前に冬季の仕事現場で低体温で倒れた事が一度と、
今年正月のインフルエンザ、
数年前に歯医者が一度、
その三回しか記憶にありません。
当然、気を張った行動を心掛けていますし、
戻ってから2週間以上経っても体調は良好なので
安堵してこの日記を書いています。
多忙な日々なので、とにかく時間がもったいない。
夜中から走って現場へ向かい、
日帰りで済ませられるものはどうにか済まし、
泊まりならば宿での夜もパソコンに向き合う。
頑丈な私でも
さすがに辛いが、
開放されるのは来年の3月くらいかな・・・。
私はこの仕事に遣り甲斐と喜びを感じているので
こんな日々もどうにか乗り越えられます。
過去最大級規模の仕事が
こんな時にやって来てしまったが、
ここに子供たちの歓声が響いてくれたり、、、そんなのを想像すると、
手を抜けないなと、頑張らなきゃと思えます。
恥じない仕事がしたい、。
8月の終わり、
とある現場で、設備改修の仕事。
作業中、
「今日は出ないんですか?」
「いつから出ますか?」 と、複数の親子が聞いてくる。
地元で愛され求められる施設に関わっていられることが
本当に幸せな仕事だと実感できて、
エネルギーを補充できた出張でした。
御役人達の検査を受けて、
OKを貰って、
無事終了。
水が出ると
鳩が寄ってきて、
行水をしていました。
可愛いね。癒されるよ。
只ひたすら、
頑張る。
そんな日々です。
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